絶対の確信と根拠 その1

世の中に絶対と確信出来るものがあるのか
(絶対→必ず)
絶対にないとはいえないから
絶対の概念はあるのだと言うのは
言葉遊びでして




治療者が被治療者へ
絶対に治しますと言ったとしましょう

被治療者が治療者の絶対の言葉に対して
絶対はないけれど最善の努力をしてくれる
その発奮目的で絶対と言ったと意をとっていたら
絶対に入らなかった時にでも
精一杯やってくださってと感謝をします

絶対の言葉を必ずと被治療者が受け留め
まるっと人任せにしていたら
絶対ではなかった時に治療者を罵る訳です

絶対って言ったのに 嘘つき!
訴えてやる!!😡💢 って

ある程度年を重ねた方なら
一度は聞いた事がありますでしょう?
言ったこともある方もいらっしゃるでしょう?


私も言ったことありますよ
例えは治療ではなく食事でですが

子供の頃
明日の晩ごはんは(好物の)○○にするからね
早く帰っておいでと母から聞いて
わーいわーいと喜んでいたら
○○ではなく当時苦手なししゃも
(今は好きですよ)

○○って言ったのに 嘘つき!😭

必ずと思うからそうなる
作ってもらった事と食べられる命への感謝を
忘れて恥ずかしいことです



最近頻繁に登場していただいている
私のかかりつけの先生 田中医師は
絶対に治すからと発言されたことはありません

術前抗がん剤 手術2回 術後抗がん剤をして
経過観察に入った頃
先生に聞きました
※ここから先の会話のカッコ内は補足であり
口にしてはいません

(死ぬ前までの最後に)
シェパードを飼いたいんです
訓練したいんです
でも(再発転移の確率が高いなら)
いけないかと考えて悩んでいて…どうでしょう?

先生言

仕事にしているんでしょ?
必要なら飼っていいと思うよ
そう(再発転移)ならないように(手術)した
訳だし

先日の検診でも

5年経てばまあ大丈夫だと思うけれど
それでも検診は続けんとあかんから

8年目にして
今だから言える
薬の効きにくいタイプだからなぁ
(情報を提供していない訳ではありません。後日姉との会話でその事を聞いていたと知りました。姉は看護職経験者なので病名聞けばわかります)
(当時わかったならば仲が悪い姉には情報は知らせて欲しくなかったので「先生本人に言わんとなんで?💢」と腹を立てていたでしょう。今は仲も改善しましたので私も多少もやっとはしますが済んだことと笑っていられます)
(姉も大病していますが私には一切情報はありませんでした。その為私の方だけなぜ姉に情報提供しないといけないのか納得できなくて(苦笑)母は姉に頼るので(看護師だから)姉に助けてもらえと言いました。何でも姉姉で私から意思決定を取り上げてきて命の選択まで姉に譲れって?!と激怒(冷静に話した程度では無理矢理全て意思決定を奪われています。激怒の姿勢をみせてやっと病名を知られるまでで済んだのです。命の選択くらい1から10まで全て自己決定したかったんです。若かったですね)



絶対に治すから!
治ったよ!!
なんてドラマで聞くようなことは言われません

子供ならともかく大人に対してですからね

田中先生が逆にそんなこと言ったら
うさんくさ!その根拠は?って聞いちゃうかも



私自身が絶対の意を必ずととらないので
類友でそういう先生を選びお願いしたのかも
しれません

そうでなければ
絶対治す!治ったよ!!と言う先生を
選んだことでしょう


そうならないようにしたという言葉は
私にとって
絶対治す治したと言われるより信用できて
心強いのです


そうならないようにしてもらったのだから
時間を無駄にせず大事にしないとと
口の中で思うのです

喉元すぎるとなんとやらで

日を重ねるごとに時間の使い方が雑になり
あっ飲み込んじゃってたと気づいて
グチグチ悔やんでいる今現在😔

飲み込んではダメ
生きているありがたさと時間の有限を
じっくり味わわないとね




長いので一旦きって

2に続きます




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